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夏目録−小説家って名乗ってみるか

ただただ小説って良いよねって話をするところ。紙とインクが好き。

小説家になりたいって思ったら 1

まあ、書いてみてよ。

そんな風に言われる事が多いでしょうかね。

私は、そんな感じでした。

 

 

 

 

(某所でやった講座をもとに、もう少し読み物っぽく書いています)

 

 

 

最初に物語としての文章を書いたのは、中学生の頃だったと思います。

昔は裏設定というか、暗い過去を持ったり、重たい宿命を持ったりする主人公がなんだか頑張っていく話が好きで、そんな壮大なストーリーを書いて何かを最年少受賞しちゃったりして、ドドーンと売れる未来を想像していました。

 

無理でしたよ。

 

 

敗因は今ならわかります。昔はわからなかった。時代が悪いのだと……言ったわけじゃないけど。

 

敗因

 

敗因分析をいたしましょう。何事もPDSR。 

自分を見つめ直すって大事だよね。黒歴史だって紐解くよ。

 

 

まずは根気不足。

それからイメージ不足。

そして技量不足。

 

 

全部じゃねえかっていうツッコミはおいておいて。

 

 

小説家に必要なのは技量だと思っていましたが、技量はなってから磨くものなのかもしれないと思うようになりました。

いや、なってからもずっと磨くもの、かな。

 

なので、当時技量があったわけでも、今現在あると言うわけでもありませんが、作家に必要なスキルの順は上記の通り。

 

そう思っておりますので、そう思って進めます。

 

根気不足

まずは根気が必要ですよね。

完結力って言い換えてもいい。

 

当時の私は脳内で展開される物語を、寝ているうちに小人さんが書いてくれるとでも思っていたのでしょうか。妄想するだけ妄想して、ただただにやつく不気味な子供でした。

文字は手で綴らなければ……まあ、スピーチソフトとかもありますが、基本的には文章にはなりません。文章が無ければ物語は進まず、小説なんて書けません。

そう、この作業はまるで編み物。編み物です。

した事無いけどね。

 

私は言うなれば、マフラーの5センチくらいのところを編んで、見えないところを脳内補完して「やべえ、天才かもしんない」って思いながら、鼻の穴を膨らませていたのでしょう。いつまでたっても首元は寒いまま。脳内補完で身体は温まらない。

 

完結しない物語は、綴られ続けるうちは魅力的です。

ですが、終わりの無い旅路はただの拷問。

しかも、私が施工した物語の道はでこぼこも良いところで、一方踏み出すたびに両サイドが崩れるような鬼畜仕様。誰がこんな道を歩くって言うんだ。マゾか。

 

 

 

 

ヘタクソで読みにくく、それでいてちっとも進まず、完結が見えない。

 

 

この中で一番最初に改善できるのは、そう。

 

 

「完結が見えない」この部分です。

これは簡単。完結させりゃいいんですから。まずは完を打とう。話はそれからだ。

 

 

 

まずは書いてみます。

小説講座の先生がたは「短いものでもいいから」とおっしゃるそうですが(私は講座を受けた事がありませんので、あくまで噂を聞いた程度です。間違ってたらすみません)、私はちゃんと予定した長さのものを書いて「完」を打つべきだと思っています。

 

 

巧拙は気にしない。

多少の無理矢理感も気にしない。

台詞の善し悪しも、文章の善し悪しも気にしない。

 

 

これもまた異論あるでしょうが、私はこのスタイルです。

ひたすらゴールを目指します。そして「完」を打つ。

 

 

「完」は「これ以上は書かないよ」と言う意味です。

これ以上は語らない。そう決めた部分に「完」を打ちます。

ちなみにもう少し語りたいけど、今はひとまずさよならってときは「了」を打ちます。

手癖ですね(笑)

 

 

 

掌編ならば5000字

短編ならば2万字

一冊の本を作るなら10万字から15万字

そこから先はご自由に……と言いたいところですが、30万字越えは一冊に収まらなそうです。背が割れそう。製本技術との戦いかな。なので長いものは分割のスキルが必要です。

 

ともあれ、話を思いついたらそれに見合う分量を見定めて(逆も然り)、書ききって「完」を打ちましょう。

 

まずはこの長いマフラーを編みきる根気が必要です。

地味な作業です。ずっと書いてますからね。お尻が平べったくなるよね。

 

 

イメージ

 

次はイメージ。妄想力。これは皆さんお持ちでしょうね。そうでなかったら物書きになろうなんて思いつかない。

 

でも、稀に……稀にいらっしゃるんです。

 

 

「私、有名になってちやほやされたいから。漫画は描けないけど作文なら出来るから、小説家にはなれるかなって。そうしたら……」

 

 

いや、良いですよ。素敵なアメリカン、じゃなくてジャパニーズドリーム。

そんな事、私だって思った事あるよ。

黒歴史時代なんてそんな妄想しかしなかったわ。

 

 

ですが、妄想力は必要です。不可欠ではないと思うけど。

 

 

不可欠でないというのは、情報のインプットが多い人の中には、それを繋いで吐き出す事で物語を生むタイプの人がいるからです。

パクリとかそんな話ではなく。

人生で見聞きしたものに敏感な人は、自然とインプットしまくっているもので、それをうまいこと繋げていくと物語になってしまう事がある。

 

 

これは悔しいですが、あり得る事でしょう。

だから、全く本を読まない人でも小説家になれるだろうし、日本語はまあ皆が使う情報伝達ツールですから問題ないのかもしれません。

 

 

ですが、ほとんどの人にはイメージする力が必要。多分そうだよね。

アレコレ妄想して、こねくり回して、一人でニヤニヤしたり、赤面したり、なぜか顔つきが凛々しくなってみたり。

百面相するのは私だけかもしれませんが、妄想する時間は大切。この時間が多くて熱い程、出来上がったものは満足のいくものになっている気がします。

 

そして最後は技量。

講座でも最も盛り上がるのは技量。

 

 

……でも分量がアレなので、技量は次回!

つか、またあとで!